物質がみずから進行し得ざるが如く

就像物質不能自己行動,

肉体的病気もみずから進行し得ざるなり。

肉體的疾病也不能自己進行。

物質が動くは、

物質會動,

心又は心が設計したる力にて動くなり。

乃是由於心或心所設計的力量而動的。

肉体的病気の進行も心の力に依るものなれば、

肉體的疾病之進行也是由於心的力量,

心の力にて肉体的病気の進行を止め、

因此心的力量能夠阻止肉體的疾病之進行,

更にその働きを「無」にまで粉砕することも亦可能なり。

而且將其作用粉碎到「無」也是可能的。

如何なる病変来るとも

不論發生怎樣的病變,

生命のほんとのすがたは常に円満完全健康なることを信じて

也要相信生命的實相經常都是圓滿完全健康,

心を常に平和にして動揺すること勿れ。

心要經常保持和平而不動搖。

また刻々に変る容態に

而且心也不可被

心をとらえらるる事勿れ、

時時刻刻在變化的症狀所束縛,

 

病気本来なければ

如果疾病本來沒有

病気の容態も本来無し。

則疾病的狀態也是本來沒有。

病気の容態を見つむるよりも

與其注視疾病的狀態,

汝の心を注視せよ、

不如注視你的心,

動揺するは病気そのものよりも汝の心そのものなり。

與其說會動搖的是疾病本身,不如說是你的心本身。

 

心動揺すれば

如果心動搖,

病気の容態も動揺せん。

則疾病的狀態也將動搖。

病気そのものが動揺するには非ず、

不是疾病本身在動搖,

汝の心が動揺するなり。

而是你的心在動搖。

汝の心の動揺をやめよ、

要停止你的心之動搖,

汝の病気の動揺もまた止むべし。

則你的疾病之動搖也會停止。

 

されど「動揺の心」を以って

然而如果以「動搖的心」,

「動揺の心」をしずむること難ければ、

來鎮定「動搖的心」很難的話,

不安の心にて不安の心を止めんとするも亦あたわ

則以不安的心來停止不安的心

ざるなり。

是不可能。

 

かくの如きときには、

像這樣的時候,

ただ神に委ねよ

只有托付於神,

まったき愛なる神に信頼して、

要信賴完全愛的神,

「神よ」と呼ぶべし。

而呼喚:「神啊!」。

神は常に汝に調和と平和とを与え給うべし。

神總是將調和與和平賜予你。

神の中に汝の「心」を投げ入れよ。

將你的「心」投入神的裡面吧!

 

「神よ、神よ」と称えつつ

要連續唸:「神啊!神啊!」

汝の全存在を神にまでまかせ切るべし。

將你的全部存在完全托付神。

神こそすべてのすべて、

因為神才是一切的一切,

神はすべてにましますが故に

因為神存在於一切之中,

神のほかに何ものも存在せず。

所以除了神以外,什麼東西都不存在。

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