日本(にほん)は間(ま)もなくお正月(しょうがつ)になります。ほかの国(くに)と同(おな)じように新暦(しんれき)の正月(しょうがつ)を過(す)ごしています。ただ台湾(たいわん)は旧暦(きゅうれき)の正月(しょうがつ)を過(す)ごすようで、いちばん伝統的(でんとうてき)な国(くに)かもしれません。ただ台湾(たいわん)だけが旧暦(きゅうれき)の正月(しょうがつ)を過(す)ごす伝統(でんとう)が保存(ほぞん)されているようです。
台湾(たいわん)の人(ひと)たちはだいたい旧暦(きゅうれき)の大晦日(おおみそか)に供(そな)え物(もの)を準備(じゅんび)して、夜十一時(よるじゅういちじ)ごろ、家族全員(かぞくぜんいん)で神様(かみさま)とご先祖様(せんぞさま)を拝(おが)んでお祈(いの)りします。そして、翌日(よくじつ)の朝(あさ)にも、家族全員(かぞくぜんいん)で仏壇(ぶつだん)の前(まえ)でお祈(いの)りします。それから、晩(ばん)ご飯(はん)を食(た)べてから、大人(おとな)は子供(こども)たちにお年玉(としだま)を上(あ)げます。
日本(にほん)の大晦日(おおみそか)は新暦(しんれき)です。一月一日午前零時(いちがつついたちごぜんれいじ)に神社(じんじゃ)やお寺(てら)などで除夜(じょや)の鐘(かね)が鳴(な)らされます。多(おお)くの日本人(にほんじん)は家(うち)でテレビ(てれび)の紅白歌合戦(こうはくうたがっせん)を見(み)ます。私(わたし)も日本(にほん)で日本(にほん)のお正月(しょうがつ)を過(す)ごそうと思(おも)います。日本(にほん)での初詣(はつもうで)も楽(たの)しみにしています。
日本(にほん)の食(た)べ物(もの)は台湾(たいわん)の食(た)べ物(もの)より塩辛(しおから)いです。どうしてそんなにからいのか、その原因(げんいん)の一(ひと)つは食(た)べ物(もの)を保存(ほぞん)しやすいためかもしれません。だから、わたしは日本料理(にほんりょうり)を食(た)べる時(とき)、ご飯(はん)を多(おお)くします。味噌汁(みそしる)を飲(の)む時(とき)にも、お湯(ゆ)や水(みず)を少(すこ)し入(い)れます。それで、日本(にほん)の食(た)べ物(もの)はあっさりだと思(おも)わないようになりました。
 日本(にほん)の食(た)べ物(もの)を食(た)べてから、台湾(たいわん)の食(た)べ物(もの)があまり油(あぶら)っこいように感(かん)じまして、もっとあっさりしているものを食(た)べたくなりました。台湾(たいわん)では辛(から)すぎなものを食(た)べ過(す)ぎると癌(がん)になる恐(おそ)れがあると言(い)われますが、日本(にほん)でもそうではありませんかと言(い)う質問(しつもん)が心(こころ)の中(なか)で生(う)み出(だ)されました。
 台湾(たいわん)では今日本料理(いまにほんりょうり)の店(みせ)がたくさん開(ひら)きましたが、日本(にほん)の物価(ぶっか)は台湾(たいわん)よりたかいですから、日本料理(にほんりょうり)の店(みせ)で売(う)っているものも、台湾人(たいわんじん)にとって高(たか)すぎるかもれしません。それに、日本人(にほんじん)が作(つく)ったケ(け)ーキ(き)も甘(あま)すぎると思(おも)います。日本人(にほんじん)はおやつの時間(じかん)にケ(け)ーキ(き)をお茶(ちゃ)と一緒(いっしょ)に食(た)べることが多(おお)いです。日本(にほん)のお茶(ちゃ)は砂糖(さとう)などを入(い)れていませんから、甘(あま)いケ(け)ーキ(き)にはちょうどいいです。でも、台湾(たいわん)のお茶(ちゃ)などの飲(の)み物(もの)は甘(あま)いので、ケ(け)ーキ(き)をあまり甘(あま)くしなくてもいいはずです。
 私(わたし)は日本人(にほんじん)と同(おな)じようにたたみの上(うえ)で食事(しょくじ)をしてみたいです。それはきっと面白(おもしろ)いでしょう。
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