無限のいのちが、
無限的生命,
如何にしてか老いくつべき肉体のうちに宿ることを得んや。
怎麼能夠存在於會老朽的肉體之中呢?
てんのつかい斯くのたまえば――
天使這樣說的時候──
翩翻としてみ空に舞える天童たち
在天空中翩翩起舞的天童們,
舞い終りて一斉に天使にむかいて一揖す。
飛舞完而ㄧ齊向天使作揖。
このとき天の童子のうちより、
此時從天童之中,
緑色のうすものにその玉の如き身を包める
走出一位以綠色綾羅包著如玉的身子
いとろうたけたる一人進み出で、
極為端莊高尚的人,
『されど生命の長老よ』
呼請而反問說:
と呼びかけて反問す。
『可是生命的長老啊!』
『近代の科学者は頭脳にて物を思考し、
『近代的科學家不是說用頭腦來思考事物,
神経細胞にて物を感ずると云うに非ずや。
用神經細胞來感覺事物嗎?
頭脳なく、神経細胞なければ
如果沒有頭腦,沒有神經細胞,
如何にしてか、物を考え、
那麼如何來思考事物,
物を感ずることを得べけんや』と。
如何來感覺事物呢?』
てんのつかい再び答えたまわく――
天使再次回答說──
汝ら、
你們,
『肉体細胞』と呼ぶ物質のうちに
認為「在所謂『肉體細胞』的物質裏面,
快あり苦あり感覚ありと思うはまよいなり。
有快樂有痛苦有感覺」就是虛妄。
肉体は本来『無』なるが故に、
因為肉體本來是『無』,
それはただ想念の影なるが故に、
因為那只是心念的影子,
吾らが肉体を忘れて忘我の境にあるとき、
所以我們忘記肉體而在忘我的境界時,
吾らの肉体は最も完全にそのはたらきを発揮するなり。
我們的肉體最能完全發揮其機能。
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